好きな女の子の話
私が好きな女の子の話。
2日前の夜、ふと小学生の時に好きだった女の子のことを思い出した。
初恋の女の子は2年生の時に東京から転校してきた。
目鼻立ちがはっきりしていて、綺麗な標準語を話し、合唱でピアノの伴奏をし、円周率を100桁くらい暗記していた。
運動神経もあって、逆上がりも二重跳びも出来たし、彼女よりも美しい平泳ぎのフォームは未だ見たことがない。
まさに才色兼備。スペックが高すぎて、ただただ崇め奉るしかなかった。芋畑に舞い降りた女神。
彼女に好意を抱いている男子がどのくらいいるのか定かではなかったが、私は完全に夢中だった。家でテレビや映画を見るのが日課になっている私は生で聞く美しい標準語と東京から来たハイスペック転校生というドラマティックな展開に静かに狂喜乱舞していた。
しかし、田舎の小学生が都会の女の子を口説き落とす術など持っていない。
それ以前に、小学生の男子には恋愛そのものがポピュラーな話題ではなかった。ミニ四駆と野球とサッカーとドラゴンボールが男子の生活の基盤だった。
そんなわけで、友達にももちろん親にも相談するわけにもいかず、随分と背伸びをして彼女とお近づきになろうとしたのを覚えている。
彼女が使っているボールペンや鉛筆を真似して買った。全く興味のない学級委員にも立候補した。水泳で平泳ぎだけがんばった。SMAPのアルバムを聴きまくった。
まるで大黒摩季の歌詞に出てくるような純情女子さながらの行動力と健気さではないか。
地味なキャンペーン活動の甲斐あってか、いろんな援護射撃がをもらえることがあった。
まず、母親同士が割と話す仲になったこと。うちの母がピアノを教えていることもあって、共通の話題があったのだろう。私は彼女とお近づきになりたいが為にピアノを習いたい衝動に駆られたが、それはさすがにやり過ぎだろうと思い止まった。
2つ上の学年に彼女のお兄さんがいたのだが、彼女と同じくハイスペック。イケメンで育ちの良さが一目で分かった。それでいて、周りの芋っ子たちを見下すようなこともなく、仲間を元気にするダイナモ的な存在になっていた。
お兄さんの友達というのが、私の幼稚園からの先輩数名だった。とにかく面倒見がよい先輩で兄弟同然の兄貴たち。必然的に彼女のお兄さんとも普通に話せる仲になった。
兄貴ぃぃぃいいいいい!!(´༎ຶོρ༎ຶོ`)
全校生徒のうち彼女に好意を抱いていた芋がどれほどいたか定かではないが、親兄弟からボールペンに至るまでしっかり周りを固めたのは私1人であったと自負している。
その後にちゃんとドラマは待っていた。
小学校5年生の時に彼女は東京へ戻った。
その当時のことがよく思い出せない。いつ誰からその事を聞いたのかも、どんな思いだったかも。
最後にクラスメイトたちと駅まで見送りに行くことになったが、何を話したか覚えていない。結局、恋心を伝えることもなく女神は下界から去った。
彼女が去り、私は小学校6年生。月9ドラマや「あいのり」やタイタニックを理解できる歳になった。
私とも彼女とも仲の良かった友達の家で木村拓哉主演のラブジェネレーションのビデオを見てた。
友達が彼女のことを話している。私がどういう状況だと思ったのか、「あの子は東京でもうまくやってけるよ。むしろ東京から来たんだから向こうの方があってるよね。私たちとは違うんだよ。」と慰めにもならないことを言われて反論する気も起きなかった。
私はいつの日か東京に行こうと思った。
現場からは以上です。