小市民の大きな希望

東京の営業職から宮城の技術職になります

転職する

宮城県にある精密機器の製造の会社に転職して6日18日に初出勤した。

 

 

 

 

 

新しい仕事について事前に勉強しておく事があったのだろうが、祖父の葬儀やら事務処理各種が立て込んで、丸腰で異業種の会社に乗り込んだのだ。

 

 

 

 

まず、通勤も電車から車になった。車の運転自体は苦手ではないが、自宅のある仙台市から隣町の職場に行く為に山を1つ越える必要があった。

ちょうど新緑が美しい季節なので、雑念なく出勤出来るが、2日に一度はイタチやらタヌキやらが車に轢かれているのを目にした。

 

 

 

 

会社の人の話では、およそ日本の山にいる野生動物はフルラインナップで会社の近所に出没するらしく、車とイノシシと接触することなど日常なんだとか。

 

 

 

 

有楽町線に揺られて通勤していた頃より刺激的だが、その振り幅にまだ馴染んではいない。

 

通勤が電車から車になった事で本が読めなってしまったので、その部分においては損をしている気もする。山道の途中にベローチェはもちろん無いので、寄り道せずに帰宅出来るのは良いところだ。

 

 

 

 

 

 

出勤して初めの一週間は、午前中に各部署を回って座学を含めた研修を受けた。

 

どなたの説明も分かり易かったが、ニッチなジャンルの器械製造の会社で史上初の文系出身者なのだ。太平洋の魚が渓流に移籍したくらいの水の違いを感じた。

 

 

 

 

 

初めての事が多すぎて、今のところ、社会人としての経験が役に立ったのはPCの電源を入れてワードで研修のレポートを書くことのみである。

 

 

 

 

 

不安なところはたくさんあるが、通勤時に道端から野生動物がひょっこり出てこない事を祈って前に進もうと思う。

 

 

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「水滸伝」北方謙三

昨年の暮れに先輩に勧められてから、やっと全19巻を読了。

 

僕は歴史物が食わず嫌いで、司馬遼太郎の「燃えよ剣」が最初で最後くらいだったと思う。

 

 

 

水滸伝 文庫版 全19巻+読本 完結BOXセット (集英社文庫)

水滸伝 文庫版 全19巻+読本 完結BOXセット (集英社文庫)

 

 

 

古代中国の宋時代、宋江を中心とする豪傑たちが梁山泊と呼ばれる要塞に集結し、腐敗した国に戦いを挑む物語。

 

伝奇小説と呼ばれており、中国の原本では妖術や仙人が登場するらしいが、北方水滸伝ではファンタジーは一切無く、人間と人間の戦いを描き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

物語の中で最後まで明らかにされないのが「替天行道」と呼ばれるもので、宋江が苦しむ民を救いたいとの思いを文章に認めたものを、もう一人の棟梁である晁蓋が「替天行道」と名づけた。梁山泊の志の核となるものだ。

 

梁山泊の豪傑たちは初めから一つだったわけではなく、元々は農民や盗賊、敵軍の指揮官が頭領である宋江の志に共鳴して同志が増えていった。読んで涙を流す者や、お守りのようにずっと持ち歩いている兵士もいた。

 

また、志が何たるかは分からないが、宋江魯智深に出会ったことで梁山泊に入った者もいた。

 

物語の終盤で、同志たちが次々と倒れて行く中、獅子奮迅の戦いをしている将校たちが、死を目の前にして、これまでの人生や戦いについて回顧する場面が増えてくる。

 

自分は字も読めなかったとか、仲間を殺してしまったとか、これまで助けてくれた兄弟が戦で倒れて自分が生き残ってしまったなど、数え切れない物語を登場人物のそれぞれが持っている。

 

最終的に梁山泊の大半は死んでしまうのだが、誰一人として、梁山泊として戦ったことを後悔しておらず、同志の死に涙を流す漢の姿は美しかった。

 

 

 

 

梁山泊の志とは何だったのか。

 

官軍から梁山泊に入った将校は、もし官軍のにいたなら帝や出世の為にここまで戦えなかっただろうと語っている。

 

水滸伝に限らず、人は生きているうちに何かと戦っている。

 

梁山泊は官軍と戦い、官軍は叛徒である梁山泊と戦う。会社員は上司や部下やたくさんの業務と戦い、女性は家庭や社会と戦い、子供たちにしても恵まれない家庭や学校で必死に戦っている。

 

戦っていることには変わりないが、何の為に戦うのかが違えば、戦う場所での立ち振る舞いや力の出方も違ってくる。

 

同じ会社で働いていても、高い給料をもらう為か、家族を幸せにする為か、仕事を通して社会を良くする為なのかで、戦い方は変わってくるのだろう。

 

どの目的が間違いということはない。しかし、自分の為に一生懸命というのはどこかで限界があるように思う。

 

梁山泊の志の内容は分からないが、目の前で苦しんでる家族と民衆をわずかでも幸せにしたいと願うならば、大きな戦いを起こさなくてはならないという事ではないかと僕は思っている。

 

地味で小さな戦いに嫌気が差すのは、何を志すのかを忘れた時ではないだろうか。

 

僕の祖父という人

6月1日に92歳で亡くなった祖父の話。

 

 

 

 

 

祖父は山形県南部(僕の地元)の生まれで11人くらいの兄弟がいたという。織物用の製糸工場を家業として営んでいた。

 

僕の父方の祖父も製糸工場をやっていて、織物の生産量が下降線を辿ったのに比例して工場経営も下火になっていった。

 

 

 

 

 

祖父は戦時中、宮城県大川原町にある爆薬を研究する施設で働いていたことを7、8年くらい前に本人から聞いた。

 

ネットで当時の資料を見たら、宮城にある船岡海軍火薬蔽は当時火薬と爆薬を同時に製造できる国内でも大きな拠点だったらしく、どのような経緯かは分からないが、そこで技術職をしていた。

 

祖父の話によると火薬や爆薬の実験をしているため、怪我人や死んでしまう人が多かったようだ。徴兵に取られて前線で戦うことだけが戦争ではなかったのだ。

 

仙台で空襲があった時には、自分の家(山形)がやられたかと思ったという。

 

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その頃の祖母はというと、疎開先として都心部からたくさん人が来ていたくらいで、割と普通の青春時代を過ごしていたらしい。終戦の年に女学校に入ったというから、そこまで悲惨な状況ではなかったのだろう。

 

 

 

 

終戦後、祖父は山形に戻り第一製薬の前身となる企業で働いた後に保健所で検体の分析の仕事などをしていたようだ。

 

戦争を経験した人の中では、幸運に恵まれたのではないだろうか。

 

 

 

 

 

祖父には僕を含めて8人の孫がいるが、誰も怒られた記憶がなく、夏休みの工作などは手先の器用だった祖父がほぼディレクションを担当した。

 

 

 

 

 

そして僕は、今月から祖父が戦時中に火薬の研究をして場所からほど近い宮城県の南部で器械の製造に従事する事になる。何とも不思議な縁を感じた。

 

少し前までは、東京を離れて東北に帰ることに後ろめたさがあった。でも、祖父のことを考えると最善の方法のように思えてきた。

 

愛する祖父へ心からの感謝と、これからの家族の為に力を出して生きていきたい。

 

 

 

 

仙台に引越す

5/25に東京から仙台に引越した。

 

引越しの前日まで妻が仕事だったり、挨拶まわりでドタバタして荷造りも直前になった。

 

妻のお父さんがトラックで来てくれて人力で搬出搬入を実施。しばらくは筋肉痛で動けなかった。

 

 

 

 

 

新生活がスタートしたのも束の間、山形の祖父が急変し、すぐ様バスに乗って山形に帰った。

 

92になる祖父は意識こそないが、耳は聞こえているらしく、時たまうめき声をあげたり僕らが手を握るとわずかだが握り返した。

 

肺炎を併発しているらしく、熱があったが顔色も良い祖父は、不思議と死にゆくようには見えなかった。

 

祖父が一時的に回復を見せた為、仕事を休んで駆けつけた親戚や兄弟たちはそれぞれの生活の場所へと戻っていった。

 

 

 

 

そして今日、祖父がいよいよ危ないとの知らせを受け、再度山形へ帰省するところである。

 

 

 

 

今日6/1は子供の出生予定日だった。

 

 

 

 

生まれてくる命と終わりに向かう命。

 

 

 

 

何を望んで行けばいいのか分からなくなる今日この頃。

 

 

 

 

 

新しい仕事が始まる前に妻とゆっくり過ごしたり、釣りに勤しんだりしたかったが、なかなかのんびりさせてはくれないようだ。

 

 

 

 

 

 

横浜に行く;結局、あれを食うことになる

妻と合流して、赤レンガ倉庫とマリン&ウォークという新しい施設を散歩。

 

 

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Pie&Holicというテレビで紹介していたパイの専門店に行った。

 

Pie Holic(パイ ホリック) - 横浜・みなとみらい

 

 

ランチタイムがビュッフェだったので、そっちが良かったが時間が遅かったので単品で注文した。

 

普通にうまかったが、腹ペコの僕らにはおやつ程度の満足度しかなく、赤レンガ倉庫を物色した後に本番の晩飯にありつくことに。

 

 

 

 

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Oyster Bar ジャックポット みなとみらい - 桜木町/イタリアン [食べログ]

 

牡蠣のシーズンではないことは重々承知で、期待せずに行ってみたが、やっぱり牡蠣はうまい。

 

3月に新橋の店に行った時は牡蠣が丸々太っていて2人で50個ほど平らげた。

 

 

 

 

 

帰宅後、妻が腹痛と吐き気を訴え25時くらいまで悶絶していた。

 

心配していたが、翌日はケロッとして仕事に出かけた。

 

 

 

 

 

 

うまい話には裏がある。

 

それでも僕の海への情熱は未だに高まり続けている。

 

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横浜に行く;結局、僕が求めるものとは

横浜に来た。

 

 

 

 

妻の元職場の同僚と会うというので、その後に横浜観光をすべく、僕は桜木町で待機していることに。

 

駅で妻と別れて、最初に向かったのがダイソーだ。

 

 

 

 

 

最近の僕は釣りへの欲望が高まっていて、暇さえあれば、釣り関係の動画や魚を捌く動画を見ている。

 

釣り道具について、多少の備えはあるものの、見れば欲しくなってしまう感情を抑えられない。

 

とは言え、釣り道具は小さなものでも値の張るものが多く、コストパフォーマンスを上げるためにダイソーの商品を導入しようと考えていた。

 

ダイソーの店舗の規模や立地のよって品揃えがだいぶ違っていて、釣り具の在庫を揃えている店に出会えていなかった。

 

外出した時にダイソーを見つけては、店内を一周して釣り具を探す日々だった。

 

淡い期待を胸にダイソーの店に入る。

 

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素晴らしい品揃えだ。海に近いダイソーならではの、顧客のニーズに対応したストアマネジメント。

 

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狙っていた商品はほぼ全て揃ったが、アジ・メバル用のシャットテールワームがあればパーフェクトだった。

 

 

 

 

ダイソーですっかり心が満たされたので、昼飯でも食べようと桜木町の野毛近辺を散策するが、ラーメンなどもピンと来なかったので、結局モスバーガーに来てしまった。

 

地元にいる時と何ら変わりない過ごし方。

 

せっかく横浜で自由時間が与えられたのに、ダイソーを物色してモスバーガーで本を読むというプランしか組めない想像力の無さに少し損をした気になった。

 

 

 

 

少し前の自分なら横浜のアーバンナイトを楽しもうと必死だったが、今となっては釣りの事しか眼中にないのだ。

 

何故あんなにも、都会に憧れていたのか不思議だ。

 

みんな都会で暮らすことを夢見て東京に来たはずなのに、休日になるとお金を使って田舎に遊びにいくのは矛盾しているような気になる。

 

都会にも地方にも、それぞれに無いものと有るものがある。

 

おそらく僕は都会で暮らすのに飽きてきたのだ。

 

1時間半電車を乗り継いで高いガーリックシュリンプを食べるよりも、自宅で釣って来たアジやマゴチの刺身をつまみに酒が飲みたいのだ。

 

僕の子供はいつか豊洲に住んで六本木のクラブに行きたいと言うだろうか。僕と一緒に釣りに行ってくれるだろうか。

 

 

 

 

 

妻が戻ったら、元町とか赤レンガ倉庫なんかを散歩するらしいので今のうちに釣り動画をたくさん見ておくことにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰省する

一時帰省の後半戦。

 

 

 

車の件が片付いて、歩き回る気も無くなったので、一杯ひっかけることにした。

 

妻よすまない。

 

 

 

 

 

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仙台駅前のよく行ってたスタンディングバーだと座れないし、今バーボンなどを飲んでしまっては実家に辿りつけなそうなので、隣の焼き鳥屋に入った。

 

大魔王 ハウス HOUSE【公式】

 

 

 

 

 

焼き鳥屋だが、店の雰囲気はワインバルのようで早い時間にも関わらず、女性客で賑わっていた。

 

一杯目のビールを流し込み、グラスワインを注文した。

 

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程よいこってり具合の焼き鳥とワインが合う。

 

中でも、ジューシーなレバーとハツに辛口赤ワインの渋みがたまらない。

 

ハッピーアワーで焼き鳥も半額。まじでハッピー。

 

 

 

サクサクと三杯を飲んで、バスの待合室で水滸伝を読んで時間を潰す。(2日間で15時間バスに乗ることになる)

 

 

 

 

 

20時に実家に着いて、父親と書類の捺印を済ませてから焼酎を飲んだ。

 

 

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父親が採ってきたというワラビのおひたしがうまかった。

 

 

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そして、田舎町の5月の山のグリーンが綺麗だった。

 

これから東京に戻ってやることが山ほどある。

おそらく、僕の地元の山より急勾配な山だ。